シロダーラを体験 [ペナン旅行]
アーユルヴェーダのマッサージとシロダーラ(温い油を額に垂らす)を初めて体験 ♪
クラノスケがホーチミンであんまりキモチよさそうだったので、わたくしもやってみたくって…。
場所はクアラルンプールの「プリンスホテル&レジデンス」の「マンダラ・スパ」です。
帰国便が午後11時45分という遅いフライトだったので、
どうしても搭乗前にお風呂入りたいと思って、
空港のラウンジでのシャワーと、街中のスパを天秤にかけたのですが、
どうせなら…ということで、スパの方に。
ラウンジ、
飲食物の方も充実しているらしいのですけどね。
(空港にスパを作ったら儲かるんぢゃ…)
アーユルヴェーダもシロダーラも、
クアラルンプールに絞って検索してもなかなかヒットしないのですが、
かろうじて二つばかり見つけることができました。
もう一方の「アーユルべディウム メディスパ」の方が本格的なイメージはあったのですが、
どうにも手の届かないお値段でして…。(×2だし)
それに、こちらは日本からでもネットで予約を入れられるので便利。
とりあえず、一人ずつ個室で申し込んでたのですが、
カップルは普通は同室?
まぁ…わたくしたち、特に不都合はないですが。。みたいな?
最後のお客だったので、片づけの都合とか考えられたのかもしれませんわね。
小さな使い捨ておパンツに着替え、
最初に全身マッサージ。
こ、これが、かなり…、際どい…?
おパンツの端っこをペロンと捲り上げてまで…。
(いやんっ、ゲラ子には辛かったワ~)
ま、やっぱりツボ押しというより
ク~ルクル…タイプのマッサージでしたけど。
期待してたシロダーラは…、
わははっ、
確かに気持ち良かったのだけれど、
記憶がない~~~!
すぅっと引き込まれるように眠りに落ちてしまったってカンジでしょうか。
効果がどのくらい続くのかは解りませんが、
神経の疲れている方にはおススメ~。
施術の後は二人っきりで残され、
自分でシャワー。
(ジャグジーみたいなのはなかったワ。〇〇ルト映画ならこのままなだれ込み?)
ホテルのアメニティー・セット程度のものが用意されてるだけで、
化粧品等は自分で持ち込む必要が。
わたくしたちは機内で寝るだけだったから良かったんですけどね。
マレーシアのスウィーツ土産 [ペナン旅行]
ペナンで食べてみたかったのが
ニョニャ・スウィーツ♡
でも、ペナンでもマラッカでも、
どこに行ったら買えるかわからなくて諦めかけていたら…、
クアラルンプールのツインタワーの麓(?!)にあるスリアKLCCの
カフェというかファスト・フード店で発見!!
ショーケースから自分でトングで取って
カウンターでドリンク類と一緒に精算してもらいます。
色が毒々しいのですけど、
天然素材で、
味もおジョーヒン。
日本でイメージが似てるのは「ういろう」とか「ちまき」かしら。
ピンクのはラピス・サグ、またはクエ・ラピス
ライトグリーンのは多分オンデ・オンデ?
(…じゃないかと思うのだけど、本来は中に黒蜜が入っているのだとか。カップの黒蜜を付けて食べる?)
持ち帰りました~。
マラッカで買ったパイナップル・ジャムのようなものをくるんだお菓子。
空港で買ったノイハウスのチョコ♡
ペナンのチョコレート・ブティックで買った自宅用のチョコとコーヒー、ココア。
マレーシアはカカオ加工で非常に優秀らしいです。
生産国インドネシアが隣というのと、
旧宗主国がオランダというのが…、あり?オランダと思い込んでいたけれど、
イギリス?
えーっと、段階的に蘭→英になっていったのでしね。
チョコレート・ブティックでは日本人の店員さんもいて、
案内・試食付きです。
ドリアン・チョコもありました。
ココ家では鉄ヲがティラミス好きなのでお徳用買ってますけど、
どれも美味しかったです。
クラノスケの職場でもとても評判良かったみたいでし。
おまけでマラッカ ~お目当てその3~ [ペナン旅行]
続けて…
ホテル・プリの内部。
螺鈿や金を多用したそれまでのプラナカン・ハウスに比べ、
ちょっとばかし押さえた色目で渋好み?
床のタイルもスモーキーな色目(イタリアあたりのモザイク・カラーを連想?)。
どこかのお宅の腰壁風タイル。
そう、マラッカを訪れたお目当てその3は…、
お土産っ♪
クパヤはもう買ったし、
ビーズ・サンダル欲しかったけど、もったいなくて履けそうにないし。
ということで目的は…タイル♪
何軒かのアンティーク屋さんの店頭にはちょろちょろ並べられてはいたのですが、
ちがう、こんなお店ぢゃなくって…、
♪ あぁ~ マラッカのどこかに~ 私を待ってるタイルがある~
ガイドさんから40分ばかり、自由時間をもらったのですが、
待ち合わせしていた時間までに見つけることは出来ず、
(ツアー、わたくしたちしかいないのに、クラノスケったらまるでドイツ人でも待たしているかのように、
急ぐのよ~。ガイドさんも丁度外にでてらしたから、5分前に会ってしまったぢゃないのよ~~。)
一度は諦めるよう諭されたのですが、
(これがまた酷いの。わたくし、お目当てはタイルだけなのに、二人で骨董は難しいとか色々…。
わたくし、思いっきり膨れちゃいましたわ~。)
オランダ広場を見学に行った際、橋を渡ってすぐにチャイナ・タウンということが判っていたわたくしは、
川の方見てきていいですか?と、ちょっと待っていてもらって、
その間に再びチャイナ・タウンへ。
そして、吸い込まれるように一軒のお店へ。
おぉ~~~、中はまるでタイル屋さん(実用のね)のようにタイルだらけ~~!
あれやこれや選んでいると、
「こっちにもあるよ」と、お店の奥の倉庫のような部屋も見せて下さって…感激♪
支払いにクラノスケを残して一足早くスキップでオランダ広場に戻りましたわ~。
わたくしの執念がお店を呼び寄せた?
ラスト・チャンスでゲットしたことにクラノスケも感心…というか驚いておりました。
(呆れてた?だってねー、ツアー、他のお客様がいるならわたくしも諦めるけど、
二人だけなのに誰に遠慮することがあるっていうのよ)。
Syarikat Abdulというお店で、
帰国してから例の本で触れられているのに気づきました。
えへっへっ♪
しっかり梱包されてるのは
4枚のマジョリカ・タイル♪
裏はこんな風になっておりまして…。
この左上のタイル、
ショップ・ハウスに使われていたのと同じだけれど、
これって…、
これって、
京都のカフェ(昔、お風呂屋さん)のと
同じ?!
わたくし、
里帰りさせちゃったのね~。
(なんだか感慨深いものが…)
おまけでマラッカ ~プラナカンな町~ [ペナン旅行]
今年の夏休み記事、もうアプし始めてるというのに、
昨年のマレーシア旅行の分がまだ終了しておりませんでした。
書くだけ書いてたんですけど…。
もんのすごぉ~く間が開いてしまいましたけど、続きでし。
お目当てその2のプラナカンな町並み。
主にトゥン・タン・チェン・ロック通り(ヒーレンSt.(蘭))と、
ハン・ジュバッ通り(ジョンカーSt.)、
それらを繋ぐ通りがメインで、
後ツアーで回った、マラッカ最古の中国寺院、チェン・フン・テン(青雲亭)のある通りは、
色んな宗教の寺院が集まる通り。
最初の見学地ババ・ニョニャ・ヘリテージ博物館。
マラッカ観光の目玉だったのですが、
残念ながら、内部は撮影禁止。
通りの先に何にもみえないのがなんとも不思議な雰囲気なのですが、
なんかとってもノスタルジック。
ホテル・プリ。
ウエルカムな雰囲気で、内部見学させていただけました。
ツアーで訪れたので、移動は車でぐるぐる…って感じでしたけど、
これらのチャイナ・タウンは
洋風建築の並ぶオランダ広場からマラッカ川一本、橋一つ渡ったところに広がっていて、
急にエリアが変わったという印象でした。
小さな川が世界を隔てちゃうのね。
折角の世界遺産でしたのに、
とにかくバタバタで、ゆっくり堪能できなかったのが、ちょっと残念でした。
おまけでマラッカ ~東インドな町~ [ペナン旅行]
忘れてはいないマレーシア旅行記、
随分間が開いてしまいました(もう半年だわ~)。
今までも9,10月の旅行のアルバムを年末に整理したことはあるのですが、
年を越したのは初めて~。
生のアルバムの方も今までずーっと使っていたアルバムがとうとう製造中止になってしまったため、
作業が滞っていたのですが(別のを買おうにも台紙が余っていて~…)、
ずーっと前ネガ用に買っていたのを転用することにして、なんとか三冊に収まらないかと苦心中でし。
どうもコロニアルな香りのする港町に憧れる習性があるわたくし…、
ジョージ・タウンと共に世界遺産に指定されたマラッカ―
別に指定されなくても、旅情をかき立てられる町だったのですが、
プラナカン文化の中心地ときけば、行ってみるより他はない?
お目当てその1は、ポルトガルやオランダ統治時代の遺構。
オランダ広場
マラッカ川
セント・ポール教会
オランダ広場のムラカ・キリスト教会内部や、
セント・ポール教会の前にザビエルの像とか、
写真を撮る気力も失せるくらいあつかったでし~~!
丘を下りればサンチャゴ砦。
マラッカ海峡と新市街?
ポルトガル、オランダに続いてイギリスの統治を受けていたようですが、
オランダの東インド貿易の拠点はバタヴィア、
イギリスはシンガポールにシフトしていったことで
衰退の一途を辿ることになったのだとか。
マラッカ版ドラマ「黄金の日日」を作れそうですわね。
おまけでKL ~KL観光~ [ペナン旅行]
KLことクアラルンプールは大都会。
空港から高速道路でひたすらヤシの木が広がる中を走り続けると、
やがて郊外の住宅地となり、
遠くにKLのシンボルのようなクアラルンプール・タワーを臨んでいるうちに
街中へ。
古い建物もあるのですが、
道路の印象からは作られたニュー・タウン?
一方通行や立体交差が多く、
事情の分からない観光客には、
果たして地図上の最短ルートで辿り付けるのかという不安が常につきまとう
ひたすら整備された街でした。
植民地時代の面影を残す一角。
ちょっとだけ、スペインや南米にも見えないことはない?
(影響を及ぼしたのはイスラムと英国なんでしょうけどね)
スルタン・アブトゥル・サマドビル
現 最高・高等裁判所
(旧連邦事務局ビル)
インド経由のムーア様式建築とのこと
手前も最高・高等裁判所の建物
(旧郵便局ビル)
テキスタイル博物館
(旧鉄道事務局ビル)
マスジット・ジャメ
KL最古のモスク。
マスジット・ジャメ近くの通り
バザールでゴザール的に露天が並んでおりましたわ。
クアラルンプール駅
塔がいっぱい建ってますけど、これでも駅舎。
市内最古の駅で、イースタン&オリエント急行の停車駅ではあるものの、
2001年からは近くに開業したKLセントラル駅がKLの中心駅。
高架走行中の電車からの撮影なのでもひとつなんですけどね。
ホームはいたってフツー。
ペトロナス・ツインタワー
1998年の完成から2003年に抜かれるまで高さ世界一。
20世紀の高層建築としては最高なのだそう。
ペナンに比べると、イスラム色の強い近代都市という印象が強かったです。
物価も高いし、かなり洗練されているような。
電車によく乗りましたが、猛然とオフィスで働いてるといった風な乗降客が多かったです。
民族衣装も様々なのですが、やっぱオフィス仕様といった印象。
ファッション関係では、よく日本でみかけるショップもあって、
安く買えるかな~と思いきや、日本で買うのと殆ど変わりがないどころか、
むしろお高い印象?
お馴染みのファスト・フード店やカフェも目立ちました。
おまけでKL ~アクアリア~ [ペナン旅行]
一泊という短い滞在時間にもかかわらず、
ちょこっと、クアラルンプールの観光もしてきましたわ。
街のランドマークのペトロナス・ツイン・タワー近く、KLコンベンション・センターの地下にある水族館でし。
トンネル自体は日本のどっかの水族館ほど大きなものではなかったような気がしますが、
小さい方が臨場感あっていいかも?
距離の長さはなかなかのもので、動く歩道で移動します。
亀…といえば、この前の阿修羅展のとき、
列の後ろに並んでいた家族連れの取り込み中の会話が聞くともなしに、耳に入ってきたのですが…。
「…、だから、おかあさんは〇〇水族館に引き取ってもらいなさいって言ったのよ」
どうも、子供が手に入れた亀の世話を怠っている様子?
「もう、そんなことなら、おかあさんが亀の面倒みるわ!ぷんぷん=33」
祖父母やら父親も同行してるらしく、あーだこーだ。
そのうち涙声で…、
「…なら、なら、おかあさんが死んだら、亀は死んじゃうの?どうなっちゃうの?(必死)」
ぷぷっ、誰かが諭すのに「亀は万年」とでも吹き込んだのでそね。
まともに考えたら、凄い歳月ですわね。中国四千年の歴史でも及びませんわっ。
ところで…、わたくし、「水族館」を「すいぞっかん」と入力したら出てきませんでした。
試しに「まったけ」(松茸)もダメ。
おほほ~、立派な音便形だと思われるのですが、やっぱ方言なんですのね。
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラの朝食~ [ペナン旅行]
一夜明けて朝食~。
場所はディナーのときと同じテーブルでした。
クラノスケはセット・メニューをお願いしてたけど、
わたくし、朝からそんなに食べたくなくって、
「野菜サラダはないですか?」とお尋ねしたら、やっぱりないって。。
飲み物だけお願いして、クラノスケのをついばむことにいたしましたワ。
どんな一流ホテルでもやっぱオートミールは不味いでしね
…とここで、
まぁっ、サラダが!
こんなフレキシブルな対応が、ホテルのホスピタリティの証なのかしらっ?
メニューを読んだ限りでは二人揃って
賽の目にカットされた具全部入りのミックス・オムレツみたいの想像してたのですが…。
こんなとき、サラダと同じくらい嬉しいのがフルーツ。
元々は建物目的での宿泊でしたけど、
ほんっとに滞在して嬉しいホテルでした。
この後、現地ツアーの迎えの人が半時間ほど遅れて到着したのですけど、
エントランスで待ってる間、建物の周辺を案内してくれたり、
ここがベストショットだと写真を撮ってくれたり…。
最後には支配人も挨拶に出てきて下さったワ。
うぅ、わたくしたち、そんな身分のものぢゃありません。
クラノスケはただの勤め人、奉公人でしてよ。。
残念ながらこのホテル、今年いっぱいでクローズ。ニュー・イヤーから改装工事に入っちゃうようです。
リーディングホテルズ(LHW)を通じて予約を入れたのですけど、ココ家にも手の届く朝食つきのやっす~いパッケージ料金がございました。
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラのディナー~ [ペナン旅行]
こちらのホテル、
おフレンチは「ザ・ダイニング・ルーム」という名前でバーは「ザ・バー」なんですって。
おフレンチもとっても有名らしいのですが、本格的なマレー料理って食べてなかったので、マレー料理の「グライ・ハウス」へ。
テーブルはテラスに用意されておりました。
お客様はわたくしたち以外にはもう一家族だけ…っていうより、他に宿泊客がいたのか?って感じどした(食事だけっていうのもありですけどね)。
マレーシアの料理ってやっぱりサテーやナシゴレンみたいなの?
インドネシアに似てる?
でも、こちらではフレンチのような盛り付けでしたワ。
うぅ、わたくし、どんなお料理でも
結構興味があるというか食べたいタイプなのですが、
毎日続くというのはいささか苦手。。
インドのカレーは好きだけど、毎日カレーっつうのは堪えられない、みたいな~?
(白ご飯はともかく、これが和食でも。)
決してキライというのではないのですが、な~んかもう胃が疲れていて、
思ったほども楽しめませんでした。残念!
(海外行くといつもこんなの。)
写真だとちょっとに見えるんですけど、量も多くて堪えるんですよね。
右上のは確かアイス・キャンデーだったかしら?!
ここで…、
今回の旅行最大のハプニングが…、
というより、勝手にこちらがびっくらこいただけ?
う~~~ん。。
お給仕をしてくれたのは、しっかりされた感じの物腰もとってもお上品な
食事中のお料理の説明やお喋りもスマートに応対される(うちは英語が不自由なのであんまりお喋りに花は咲きませんでしたが)いかにもその場に相応しい青年だったのですが、
深窓の給仕?世間ズレしていない?
給仕のプロフェッショナルは普段お勘定を担当しないのかしら???
お会計の際、とあるカードを使うと割引特典があるというので、
テーブルでクレジット・カードを渡すとほどなく戻ってきて、
「暗証番号をお教えねがいますでしょうか」とのこと。
(実はわたくし、きいていなかったので実際何ておっしゃったのかは不明なんですけどね)
クラノスケは固まっていたワ。
…こ、これはどういうこと…?
彼は信頼するに足る人柄のように見受けられるけど…、
ここではこんなこともあり得るの~?
クラノスケはとっさのことに頭が混乱しているというか、
あり得ないといった風で、凍りついたようになっていましたけど、
ようやく、指で番号のボタンを押す手振りをして、うなずく彼と一緒に別室に参りましたワ。
後から
「あの人実はヤバイ人だったのでは?そのカード、解約したほうがいいのでは~?」
と心配するわたくしに、
「いつも手書きのサインのカードばかりで、扱いなれてなかったんじゃないかな~?端末機の変なとこ押しちゃったんだろ、きっと。」
って言っておりました。
(家のことは何一つ出来ない人だけど、こういうときだけは頼りになりまし=3)
―キャッシュカード同様、クレジットカードの暗証番号をきかれることはあり得ません
ホントは国内外を問わず、カードをお客の見えないところに持って行って処理する方式そのものがすでに危険というか、禁止行為らしいのですけど、
レジで支払うのでもなければ、ほとんどこの方式ですよね。(よくあるのがデパート)
幸いその後変な請求書は届いていませんが、
客に雑作をかけないため、こんなところではそれもあり?なんて一瞬思ってしまいましたワ。
彼が実際どういう言い回しをしたのかはわかんないんで、クラノスケの誤解ということもあり得るんですけどね。(←夫のヒアリングへの疑念が湧いてきた妻…。でも、別室へレッツゴーなんてことは言われなかったような。。)
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラの夜~ [ペナン旅行]
最初にバトラーに尋ねられたました。
「ワインとアミューズ・ブーシェをお持ちしますがいつにいたしましょう?」
「アミューズ・ブーシェだけでいいの」…、とっさに浮かびましたワ。
オードブルという言葉は知っていても
うにゃさまのお部屋が開かれて検索するまできいたことがなかったわたくし。
お陰様で「なんぢゃそりゃ?」なんて思わずに済みました。
昼間っから酒飲むん槐?!
ただのウェルカム・ドリンクの方が有難いのに。
などと一度はお断りしたのですが…。
晩御飯をホテルのダイニングで頂くことにして、
予約をお願いした際、やっぱり持ってきていただくことにしました。
「なんじゃ、やっぱり要るん槐?!」なんてイヤな顔一つされず、快く引き受けてくださいましたワ。
…ということで、お部屋で「ルネッサーンス―☆」
う、うめぇぇぇ~♪
場所を移動して階下のマレー料理レストラン「グライ・ハウス」へ。
南国の夜~。
こちらの執事はにこやかなオネ〇様系でした。
(そういやチョン・ファッツ・ツィーにも〇ネエ様系がお一人…。なぜかアチラ系ってにこやかなんですよね。)
どこぞのツンデレ執事みたいなのだったら…、
ヤシの葉陰に連れ込みたい衝動を抑えるのに大変だったかしら?
ああ、そうだわ!し、白ツナギの使用人にシャワーを直してもらうとか?!
おほほ。それは…結構でしてよ。。。
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラ その3~ [ペナン旅行]
お部屋は…、
むだにひっろ~い♪
ダンスだって踊れそう~。
見下ろすと階下はダイニングどした。
洗面所とバス・トイレだって広いでしよ~。
クッキーが美味~。
ウエルカム・フルーツも。
お手紙の宛名消してしまいましたが
パパイヤ?と思ったけど、マンゴーのようでし。
でっかくて食べごろでむちゃんこあっま~い♪
殆どのものは揃っていたのに…、あり?スリッパがない?
ハイソな方々は部屋でもスリッパをお履きにならないのかしら?
E&Oホテルから持ち出してきたスリッパをごそごそと取り出して履いていたわ~。
(セ、セコイ?普通のスリッパより、使い捨てスリッパは持ち運びし易くていいだす)
夕食を食べ終わって部屋に帰ると、
ベッドの両脇にバスマットが敷かれ
カルコサ・スリ・ネガラのスリッパが揃えられておりましたわ~~。
ちょこっと恥ずかしかったわたくし。。
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラ その2~ [ペナン旅行]
車は車寄せに到着~。
エントランス~。
アフタヌーンティーがご自慢ティールーム(「ドローイング ルーム」)。
宿泊しなくても、ホテルの雰囲気を味わいにこられる日本人も多いようです。
お部屋は二階~。
当然エレベーターなんてものはありませんが、プロは軽々とスーツケースを運んでくれます。
右の扉がわたくしたちが泊まったジュニア・スイート~。
(だったと思う。両棟あわせて13室すべてがスイート)
多分一番お安い部屋。「Seri Takzim」とかいう名前がついていました。
こちらはカルコサ~。
な、なんか気がひけるわ~と思いつつ、覗きに…。
教会みたいでしね。
このホテル、戦時中は日本陸軍のシンガポール侵攻の司令部が置かれていたのだとか。
アジアって、大抵こんな話がついて回ります。
おまけでKL ~カルコサ・スリ・ネガラ その1~ [ペナン旅行]
ホテルのHP(英語)を見ようとして、こんな画像が出てきたらどうされます?
わたくし、
不動産屋のサイトと思い込んで、
何度も検索しなおしましたワ。
てっきりカリフォルニア辺りの別荘販売サイトだと…。
カルコサ・スリ・ネガラ、
ホテルです。
国賓もご宿泊。
元々は植民地総督の公邸(カルコサ棟)と、迎賓館(スリ・ネガラ棟)だったのを
エリザベス女王のマレーシア訪問(1989年)を機に、宿泊施設に改装したのだとか。
以来VIPが宿泊するホテルとして、レイク・ガーデン内で木々に囲まれ、人知れず(?!)営業を続けていた模様です。
わたくしがその存在を知ったのはバック・パッカー御用達のガイドブックだった「地球の歩き方」。
ホテル紹介のページに普通に掲載されていましたが、最初はスルー。
クアラルンプールはマラッカへの足がかりとして便利な安宿に一泊できればいいと思っていたし、
いくらなんでもわたくし、分をわきまえておりましてよ。
こんなところにお泊りできるご身分でもなければ、相応に振舞える自信だってないし。
キャスターなしのスーツケースを使用人に運ばせてチェックインしなきゃなんないんでしょ?
などと思っておったのですが…。
あら、その辺の外資系チェーンホテルよりリーズナブル?
この広さ、インテリア、もてなし…、
コストパフォーマンスを考えたら、とってもおトクではないの?
こんな体験、よそで出来るものではないし。
…あとは優雅な物腰とハッタリ?
ということで、
分をわきまえずに国賓ホテルご宿泊~~~!
ひでじいみたいなお部屋専属バトラーがつくのかしら~?
執事にチップはいるの???
(うへ~ん、わたくしの目的クラシックな建物に宿泊することだけなのに…。サービスなんかいらなくってよ~。)
などと、憧憬と不安を抱きクアラルンプールへ。
クアラルンプールの空港から街中へは直通特急もあるけど空港(リムジン)タクシーを利用しました。
このホテル、あまり知られてなくて、街中で行き先を告げても知らない運転手が多いのだとか。
空港タクシーなら知っている確立が高いということで、タクシーを選んだのですが。
ええっ?わからない?!
しかも空港タクシー、定額クーポンのチケット制で、バジェットタイプ(国産車)とプレミアタイプ(高級車)があって、
ここは一発高級車でそと、おベンツタクシー選んだのに。
しかもしかもこの運転手さん、ひどい老眼らしく予約確認書やガイドブックを見せても読み辛いみたいで…。
無線で何とか辿り付けたのですけど、
不安どしたわ~~。
高速で振り向きながら話をしたり本を見たりしながら走ったものだから。
「あしたマラッカへ行くのならこの車でどうだ?」とかいろいろ。。
それより、今、無事に着けるのか~?
クアラルンプールの街中に入ってわりとすぐ、
ホテルへの看板見つけてほっといたしましたワ。
徒歩ではどれだけ掛かるかわかんなさそうな山道をうねうねと上ると
ゲートが…!
顔パス…という訳にはいかず、
予約確認書の提示も求められ…。
やっぱ国賓ホテルは警備が厳しいのね~と思ったのですが、
単にカルコサかスリ・ネガラ(道が左右に分かれている)かチェックしただけだったのかも~?
内側から見た図だっけ?
バトラーは…、
ひでじいでもなければ、セバスチャンでもなければ、アキバ系でもなかったわ。
こ、小指が立っている…系?!
ところで…、
「孫文」だけではなく、こんな映画もあったのですね。
http://www.thebluemansion.com/
その名も「青い館」(シンガポール映画)。先日東京国際映画祭で上映されたとか。
その後の上映予定は…?
ペナンとマラッカの食 [ペナン旅行]
ある夜、
今夜は中華~!
それも、日本では食べられない(お店はあるけど懐具合が)高級中華を食べに行こう~!
フカヒレのスープぢゃなくって、姿煮が食べられるとこ~~!
ということで、とあるホテルの上階へ。
ところがフロアの奥の右側に、オープンな雰囲気のレストランの広い間口があって、
そのまた奥の左側にフカヒレ屋さんの入り口があったのですけど(よく見りゃね)、
吸い込まれるように手前のお店にはいっちゃったでしよ~。
なんかカジュアル~?なんでビュッフェなんかやってんの?なんて思いつつ。
メニューみて「やっぱり、あ、間違えた」みたいな。。
とりあえず屋台でしか食べてなかったので、郷土料理を頼みました。
福建麺。なぜかいつも中華麺とビーフンみたいのの二種類が入ってまし。
ビーフサラダ。なぜかウエスタン・スタイルでセッティング。
ペナンでは、有名なクレイ・ポット(土鍋)料理がいくつかあるみたいなのだけど、
これは土鍋でなくてもOKそうなお料理。豆腐とかキノコが入ってたかしら?思いっきり中華。
定番のデザート、・・・、名前わかんないわ~。すっごくポピュラーな一品なんですけどね。
実はこの旅行中一番美味しいと思ったのが、空港のカフェで食べたフォー。
ベトナム料理だけど。
あっさりした味付けで胃に優しさを感じてしまいました。
(正直香辛料で疲弊してたわ~)
白いお団子みたいなのはウズラの卵とかぢゃなく、魚のすり身。
ツアーで行ったマラッカのニョニャ料理。
ペナンのとはちょっと違っていて中華に近い印象。
もう何がなんだかというより、どれも同じ?
気になっていたけど食べ損ねたニョニャ料理は
クエ・パイティー(揚げ物を器にして中にエビや千切りの根菜を詰めたもの)
アヤム・ブア・クルア(鶏のブラック・ナッツ煮込み)
マレー料理では
チキン・ライス(鶏ガラで炊いた白いご飯+ローストまたは煮鶏)
パクテー(豚肉を漢方の薬草で煮た肉骨茶)
ラクサ(出汁がタマリンド水や青魚ベースの汁ビーフン)
日本で食べられそうなのもあるみたいですけどね。
ペナン ~バタワースへ~ [ペナン旅行]
マラッカへの行き方を調べているうちに、
鉄道での移動という選択肢に行き当たりました。
別に鉄子ではないし、
E&O~イースタン&オリエタル(オリエント)~急行にはちょこっと興味はあっても
ダンスやウィットに富んだ会話がトクイトクイなハイソな大富豪でもないし。
でも、このレール、
タイとシンガポールを繋いでるのよね、と思うと、
在来線の短い区間往復でもいいからいちお乗って足跡のこしていき隊ような。
でも、本数が少なくて、ちょっと車輌に足を踏み入れる機会さえないことがわかり、
では、せっかくだから記念に駅とレールだけでも見に行こうということに。
ペナンは島なので、駅はありません。
マレー半島まではフェリーか橋で渡ることになるのですが、
もちろん、フェリー!
乗船料はペナン側からは無料で、ペナン行きのときは有料です。
ペナン出発~。
水上集落が見えます。
マレー半島側。
桟橋もいくつか。
到着するとみ~んなバスターミナルの方へ行っちゃって、
駅に向かう人はまばらどころか、わたくしたちだけ?
でも、ちゃんと通路には屋根もついていて、見下ろすと、単線が。
あの向こうがタイなのよね~…。
⇒泰縮鉄道
⇒「クワイ川マーチ」
⇒「戦場にかける橋」
あの映画で憶えているのは、
美男子の象徴と思われていた早川雪洲がおっちゃんの大佐役でややショックだったことかしら。
とにかく昭和の初めに思いはつながりますが、
も一つ、この鉄道というかこの駅には旅情をかきたてるアイテムが。
じゃんっ!
0キロポスト(0kmの標識)
櫛型ホーム。
バタワースはマレー半島を南北に繋ぐ路線の真ん中にありながら起点駅なのでし。
E&O急行はこの途中駅でスイッチバック(折り返し運転、列車の前後が逆になって出発)することになります。
けど、バタワースって略図でみる限りでは、幹線上のブキッ・ムルタジャム駅から海側に支線のように飛び出している駅で、
なんでわざわざ一旦寄り道しなきゃなんないの?
なんでブキッ・ムルタジャムを二度も通らなきゃなんないの?
しかも、こんな周りになんもない駅…、って感じなのですが。
つまり、この辺りでは、
先に鉄道ありきではなく、
ペナンありきだったのでしょうね。
ペナンが中心。
鉄道もペナンのお客のため。
だって「東洋の真珠」でしたもの。
(あ、わたくし何か勘違い。イメージ、オリエント・エクスプレスから降り立ったアール・デコファッションの紳士淑女がここから島に渡り、E&Oホテルに宿泊する図を想像しましたけど、オリエント急行の開業は1993年でしたのね。)
時刻表に表示されている列車もまばら~。
駅舎にはE&O急行に関する展示コーナーも。
窓口で鉄ヲのおみやげにする時刻表をもらいました。
紙一枚でしたけど、喜んでくれたワ。(安くつく良いヤツだ~)
東南アジアではよくみかけるまつがい看板。
取り上げるほどではありませんが。
渡し舟のようなフェリー、いいですよね。
よく映画の出会いの場にもなっているような。
「スージー・ウォンの世界」とか「ラ・マン」とか(な、なんかヒジョーに偏った傾向が…)。
ペナン ~E&Oで食す~ [ペナン旅行]
E&Oホテルといえば…
宿泊はされなくても、いちお皆様足を運ばれるのがハイティー。
折角の機会ですので、やっぱ一度は体験したいもの。
ランチ抜きで臨みましたワ。
場所はホテル一格式の高そうなこちら、「ファインダイニング ザ・1885」。
(内部は写真撮れるような雰囲気ではなかったの~)
ランチ我慢して正解どした~。
ボリュームに圧倒されてお味の方は…、憶えてないワ。
憶えていることといえば、スコーンについてきたのがクロテッド・クリームではなく生クリームだったことぐらい…?
お陰で夜は食欲がなく、「どうする~?食べに行く~?」状態。
ということで、ホテル内で簡単に済ますことに。
朝のブッフェでお馴染み「レストラン サーキーズ・コーナー」。
あっさりとシェフ特製サラダとガスパチョ。
食欲のないときにはガスパチョが一番。
でも・・・、わたくしの望んでいた味ではなかったワ。
ガスパチョが苦手は方には食べ易いみたい。
マレーシアの郷土料理で一番よく食べたチャークェイティオ(炒粿條)。
お目当ての屋台がとうとう探し出せなかったため、
金にものを言わせて最高級チャークェイティオ(んな大袈裟な)、ご注文?!
やっぱり屋台なんかに比べると値段が一桁違うだけあって、深い味わい?
こちらは、お目当てのカフェが見つからず、
「ザ・ベーカリー」でお茶を濁したときのシュー・クリームみたいなの。
中身はおにぎり?
ウソウソ、ベトナムでもよく見かけたドラゴンフルーツ。
ペナン ~孫文の家~ [ペナン旅行]
え゛え゛え゛え゛~~~?!
京都?!
ど、どうすればいいのっ?わたくしどうすれば…!((ドキドキ))))
…って、明日はもう東村山なんですよね。
なんかホッとしたりして。。
孫文の家、
ホントの名前は孫文記念館でもなく、孫文旧居でもなく、
孫中山本拠地のようです。
神戸の舞子に「移情閣」という洋館があったり、
マカオに孫文記念館(こっちも立派な洋館)、
上海にも旧居があったりと、
なぜかあちこちで行き当たる孫文関係の館。
昔は、学生時代の下宿?お仕事で滞在?なんて思ってたのですが、
革命家として運動、亡命してたんですね。
中山というのが彼の号と知るまでは、
なんで「なかやま」?、ああ「ちゅうざん」って読むのかぁ、なんて思っていたのですが、
由来が日本在住時にあったとは、これも、近年まで知りませんでした。
(「なかやま」に因んでたの)
別に孫文のことが気になるとかいう訳ではないのですけど、
彼の旧居というのが、革命家、亡命中というにもかかわらず、洒落た建物で、
訪ねることになってしまいます。
隠れ住んでるようなイメージで訪れるとギャップに唖然とさせられるくらい、
めちゃ富裕層のお屋敷です。
ペナンでは、邸宅というより、並びの家と何ら変わりのない
町屋風二階建てのプラナカン・ハウスでしたけど(真ん中左よりのブルー)、
パティオまで入ってびっくり!
これって…、
これって…、
わたくしの憧れたインテリアの家?
この雑誌の
バックナンバー紹介のところに出てたこの表紙の家?!
この号(1994年発行)はねー、発売のずっと後で神戸の美術館の図書室まで閲覧に参りましたわ~。(でも中身はそれほどでしたの)
孫文所縁の展示も。
おや、雑誌も展示されてたワ~。
管理人らしきご婦人はとってもフレンドリーでハイ・テンションな華人系?
チョン・ファッ・ツィー・マンションのことを尋ねていた観光客が立ち去った後は、お客はわたくしたち二人だけに。
「どちらにお泊り?」なんて話からプラナカン文化に興味があると思われたのか、
色々とご案内くださいましたワ。
映画やドラマのパンフレットなんかも広げながら
撮影に協力した話なんかを自慢げに語って下さり、
見せてくれたのが「孫文」の予告編のビデオでした。
訪問した後だったので、映る度に
「おおっ、税関!おおっ、チョン・ファッ・ツィー・マンション!」なんて、
驚いて差し上げると喜んでくださいましたわ~。
その間に西洋人の老夫婦のお客様がやってきて、
と~っても親しげな様子でご接待。
「この方たち、その映画にお出になったのよ~。
このパーティーが催されている大邸宅の主(あるじ)役で~。」
「ええっ、そうなんですか?それはスゴイですね~!」
大邸宅はわたくしが訪れたいと思いつつ、場所が曖昧にしかわからない
半ば訪問を諦めていたコロニアル建築でした。
いつもテンション低いわたくしにはかなり無理のある世界でしたけど、
頑張って、場所も詳しくおききして…。
で、辿りついたのがこのお屋敷。
孫文の家、
特段、思い入れも期待もなかったのですけど、
とんだ拾い物というか、思わぬ収穫でした♪
ペナン ~コロニアル建築群~ [ペナン旅行]
ジョージ・タウンの沿岸部には
瀟洒なコロニアル建築が立ち並びます。
港に近い東側にはお役所や企業関係。
リゾート地に向かう北側には個人の邸宅。
当初とは違う使われ方をしている建物ありーの(博物館や店舗・オフィス等)、
手の施しようのないほど朽ちかけた建物ありーの、
コロニアル建築風新築ありーの、状態ではありましたが。
タウン・ホール(1880築)
シティー・ホール(1902築)
教会
キャセイ・ホテル
その昔、富豪の邸宅だったのだとか。
見つけられたらラッキーと思っていたプラザ・ガーニー付近の海に面した個人の邸宅。
ちょっと傾いてたけど…
「孫文―100年先を見た男―」の予告編で、ガーデン・パーティーがなされておりますわ。
あ、監督って「宗家の三姉妹」の方なんですね。
(長女は大財閥、次女は孫文、三女は蒋介石と結婚)
なんか世界が似てるって思っていました。
ペナン ~ショップ・ハウスとコロニアル建築群~ [ペナン旅行]
ジョージ・タウンの一般的な街並み。
港が近づくにつれ、住宅というより、会社の趣の建物が増えてきます。
すこんと通り抜けた道路の向こう側、なんにもなくて、「あぁ向こう側、海なのね」って感じ。
官公庁に比べると小ぶりなものの、コロニアル建築も目立つようになってきて、
パラソルは屋台の
思いっきり、ビクトリア・メモリアル時計台。
バルコニー上のアーチからは
イスラム色がかんじられなくもない?
もうそれこそ海岸沿い。
税関と時計台~。(神戸や横浜に似てるかも~)
確か、ペナンヒルの夜景の写真のところで、
「東洋の真珠」と書きましたけど、
それって、街や海、夜景の美しさを称えただけの表現ではなかったのだとか。
東インド会社を初めとする東西交易の東の要衝、商港都市としての繁栄、
活発な経済活動による利潤と恩沢のことをも例えているという説をどっかで読んだような(確認しようと思ったけどわかんない~)。
こんな建物群を見ていると、かつての繁栄が偲ばれます。
富を求めて集まる商人や船乗り、港湾労働者、
行き交う人馬や車、立ち上がる土埃、
貿易業従事者を目当てに集まる屋台やその他職種の人々…。
う~ん、偲びたいなら、やっぱ「孫文」を観る?
http://www.sonbun.jp/
あらっ、映画HPトップ左下、税関の時計塔だすよ。
ペナン ~ショップ・ハウス群~ [ペナン旅行]
きっかけは、ショップ・ハウスだったんですよね。
こっち方面の建築に興味を持ったそもそもはこの東南アジア的町屋。
パステルカラーで装飾的で、それでいて薄っぺらくなくて、
なんか可愛いいけど、伝統を感じさせるような…。
ナゴール通り周辺。
OPツアーでお昼を食べたお店の近所。
キレイに化粧直しされています。
ちょっとね、テーマ・パークみたい…。
確か小学校で「がんぎ」(雁木)というのを習ったような。
新潟県とか雪の多い地方で、歩道に家屋の軒を延ばした、雪よけのアーケードみたいなの。
こちらは日よけでしね。あ、スコールよけもあるかも。
スウィーツが美味しいとのカフェを求めて、ノルディンst.をウロウロ。
こちらはまだまだ生活の香りがするエリアで、
わたくしたち、場違い?…って雰囲気。
カフェ、行ったり来たりあちこち徘徊したものの、
とうとう見つけられず諦めましたわ。
でも、帰国してから判りましたの。
ここだったのでしよ!↑
何度も前を通って写真も撮ってるのに~~~!
でも、カフェってわかります?
入れます?!
(ちゃんとOPENって掛かってるんですよね)
こっちはホテル近く。
な~んかねー、こんな家に住みたいと思った時期がありました。
郊外のゆったりした家ではなく、町屋みたいなの。
でも、京都の町屋なんて住んでた人に話しをきくと、
なんだかんだと不自由があるようで。
(特に暑~いとか、冷える~とか?)
今住んでるココ家の周辺にも、
昭和の初めにつくられたような木造の洋風長屋建築が残ってます。
三角屋根の二階建てで、小さな庭があって。
いつか写真撮ろっ♪
なんて思っていると、ある日突然解体!
いつか…なんて思ってちゃダメなんですよね。
(とっとと撮ればいいんですけど、ほんっとに一般のお宅で…。)
ペナン ~買っちまったワ~ [ペナン旅行]
ハンバーグ…、
あいす…、
明日は中華そばっ?!
なんて予測したら、
大抵ハズレなんですよね。(唐突にゴルフとか)
三連休突入しちゃうから、もうお帰りになるのかしら?
なんかイベントがあったなら、京都行ってもよかったんですけどね~~。
それこそ杉本家公開とか。
でも、あいす屋さんで単身ずっと張り込みってわけにもまいりませんわね。
近くなのにぃ~~。。。
さてさて、プラナカン・マンションでは、
半ば博物館のような感じで、ニョニャ風俗も伝えられておりましたワ。
おおっ、真ん中の白いレースのは例の本に載ってたの!
(全体に赤味がかって写ってますけど、スカートは青地に白の模様です)
20世紀初頭からクバヤ・サロンが好んで着られるようになったとのこと。
クバヤとは綿ボイルやオーガンジーの透けた生地に豪華な刺繍がなされたブラウスで、
サロンは腰巻タイプのスカート。
クバヤって、ごちゃごちゃ刺繍がされていたり、
(最初シンガポールに行ったときに買ったランチョンマットみたいなの連想しちゃう)
バティックのサロンって、どうもバリ島のイメージが強くて、
もひとつ興味を持てずにいたのですが、
これはホレボレするような美しさでした。
民族衣装って、買っても国内で着ることはないし、
外国の人が舞妓さんのコスプレするくらいの違和感あるわよねぇ…
なんて、思ってたのですが。
わはは、
この後、「み、みるだけね~」なんて思いながら、
ガーニー・プラザの有名なクバヤのお店まで足を延ばしてしまいました。
身体にピッタリ合ったものをオーダーするのが本来なのですが、
レディ・メイドのものも陳列されており…、
買っちまいましたわ~~!
んでもってホテルまで着て帰っちゃった。
やっぱり白のレーシーなのが第一希望だったのですが、
思うようなのがなくてピンクを試着。
でも、サイズが合わなくて、お店の方があれやこれやとテキパキ選んで下さって、
(わたくしたち無茶急いでたの)
決定したのが、コレ ↓ 。
刺繍が単色なので帰国してからでも着られそう?
プロの目利きは流石?
自分では、サロン代わりにコロニアル・グリーンのパンツも十分ありではないかと…。
思いの外しっくりいってるような気が。(気のせい?錯覚?思い込み?)
(うーん、パンツ、ホコモモラなのでしよ。ホコモモラカラーで合ってるだけなのかも。
そーいやこんなレースのブラウス+スカートあったような。
何かいいコーディネートがあればご教授ください。)
反対に、サロンにTシャツやタンクトップなんて取り合わせもよく見かけたので
結構OKだとは思うのですが。
富豪マダムはビーズのサンダルに、
袖口やなんかからアクセサリーをじゃらじゃらとのぞかせるように着るのが王道のようでしよ。
本来はボタンのではなく金銀ダイヤモンドのブローチで留めたとか。
こちらのお店でも、例の本を紹介しようとしてくれて…。
「Yes! We have ♪」
これを日本で着るのはハードル高いでしぃ
そうそう、こんな映画が公開されたようです。
「孫文-100年先を見た男-」
ペナンのプラナカン、コロニアル建築があちこちに。
http://www.sonbun.jp/
予告編、チョン・ファッ・ツィー・マンションも映ってたわ~。
えっ?、三宮きょうまで?来月京都?大阪はなし?
ペナン ~プラナカン・マンション その2~ [ペナン旅行]
「タイフウイッカ」って、中学生になるくらいまで、「台風一家」と思っておりました。(あほでそ?)
台風のように烈しい家族。。
寝入りばな、風の音で珍しく目が覚めてしまいまいたワ。
ココ家のお隣、ただ今解体中。
重機なんかそのまんま残されているし、
横転したら、ココ家直撃。。
朝見たら大丈夫だったみたいで、とりあえず安心しましたけど。
(そーいや、以前、お隣の老婦人に言われたわ。
嵐の翌日、ちょっと路地から出て行ったら…。
「裏、掃除してくれはったん?ありがとう。」
わはは~、おそーじするしかございませんわね、うぅ。)
鉄ヲはぎりぎりで警報が解除されずにお休み。
彼らは今年どんなけ休みなんだ~?!
(インフルエンザの学校閉鎖と学年閉鎖があったのでし)
クラノスケは…、電車が停まっても出勤するわね。
(這ってでも通勤しそうだけど、地下鉄は動いてるようでし)
続きでし~。
内部では、博物館のようにその暮らしぶりが展示されています。
トラディショナルな中国南部の文化と
輸入されてきた西洋の品々とが
ゴージャス趣味で上手く融合されています。
隣接してお寺があり、屋根飾りがとっても装飾的。
無造作にタイルが積み上げられてたわ。
エントランス・ホールでお土産にする写真集を物色していると…。
おおっ♪
違うとはわかりつつも、微かな期待を繋いできいてしまいましたわ。
「これって売り物?」(Could I buy thiese tiles?とでも言ったのよね。あえなく玉砕でしたが。)
エントランスの上
往来に面した側
外観は意外とシンプル。
エントランスも通りから門を入った側にあるので、
外から見ただけでは、中があれほどデコラティヴだとは気づかないかも。
日本も…、
鎖国してなかったら、こんな家、建ったのかしら?
ペナン ~プラナカン・マンション その1~ [ペナン旅行]
どちらかのサイトで写真を拝見して、
凄いわ~、見学できるのね~と、胸躍らせたプラナカン・マンション。
(ピナン・プラナカン・マンション?ペナン・プラナカン・マンション?
綴りはPinang Peranakan Mansion なのですけどね。)
旅行検討のきっかけともなった建物でし。
チョン・ファッ・ツィー・マンションがブルー・マンションなら
こちらはグリーン・マンション?
確か出発前に見た写真では壁が白かったのですが…。
でも、中の壁はやっぱり白が基調。
他のプラナカン建築と同じような感じで、やっぱりパティオを取り囲むように
部屋が配置されています。
透かし彫りとかアイアンワークとかタイルとかガラスの類とか
まぁこれでもかというくらいの内装。
印象は…、一言でいうと、ゴージャス・マダムの邸宅?
(住人が…というわけではなく、屋敷全体のイメージがね)
ゴールドベースの宝飾品やビーズや刺繍で飾り立てた
驕奢なニョニャの姿をそのままイメージしたような建物でした。
内装はピンクが多用されていたせいか、どちらかといえば女性的な建物で、
しかも少女や大奥様ではなく若奥様的な。
わたくしのなかでは…
到着したのが夜だったせいか、
あのチョン・ファッ・ツィー・マンションのえも言われぬ妖しさには勝てなかったざんすよ~。
あちらはちょっと危険な匂いを漂わせた郷紳の館?
かちょいいイイ男なんだけど、
裏では麻薬とか扱ってそうな。
タキシードも長袍もお似合いなの♪
ペナン ~OP観光 ランチ~ [ペナン旅行]
お昼は…、
ショップ・ハウスの一番手前(左)のお店で♪
偶然、例の本で紹介されていたババ・ニョニャ・キュイジーヌのお店でした。
(普段ツアーで使っているお店がお休みの月曜だけこちらになるんですって~♪やたっ!)
ご覧の通り、周辺もきれいに化粧直しされたショップ・ハウス群。
店内のスタイルも典型的。
お料理の方も思いっきり本に載ってたのとおんなじでしたけど、
手間が省けてよかったです。
お店の方が本を紹介しようとしたので、
お見せしましたわ。
「I have the same book♪」
プラナカンというのは15世紀頃、中国南部からマレー半島にやってきた中国人の子孫で、
男性を「ババ」、女性を「ニョニャ」と呼ぶのだそう。
現地の女性と結婚することも多く、純マレーでも、純中国でもない独自の文化を持つこととなります。
マレー、インドネシア料理をベースに中国南部の料理が取り込まれたのがニョニャ料理なのだとか。(by例の本)
中華とカレーの皿の間と並んで、これは何?という感じはオタオタ。
魚のすり身をバナナの葉で包んで蒸したムースでし。
写真撮るの忘れて食べちゃったわ~
デザートはココナッツミルクベースの
ありがちな味
全体的にちょっとピリ辛で美味しかったです。
この後、チョコレート・ショップへ連れて行かれたんですけど、
日本に居る時なら絶対買わない量のチョコレートを買ってしまいました。
マレーシアはカカオ豆も産出してるし、加工能力にも優れてるのだとか。
空港でも、ヨーロッパの有名店のチョコレート・ショップがあったし、
ネスレのチョコなんかも山積みされ、売り場を占拠してました。
オーソドックスによろこばれそうなのはティラミス・チョコあたりでしょうけど、
わたくしは、な~んかフルーツ系のチョコに惹かれてしまいました。
マンゴー味とか、その他色々。
ホンモノのドリアンは食べられなかったので、
ドリアン味、買いたかったのですが、クラノスケに反対されてしまったワ。
(やっぱ、臭いみたい~。試食はしたのですけどね。)
ところで…、
「嵐がくれたもの」、みてますが。
昨日、昭和44年の宇田川会館で活けられていたユリ、
「カサブランカ」って言われてましたけど、
ちょこっとパソで調べてみたら、
1970年代オランダで作出されたとか、1984年にデビューしたという記述が。
違和感覚えられた方も多かったのでは。
さてさて、
明日からはシルバー・ウィーク。
そして、いよいよ「モスリラ」。
朗読劇ってどんなのでそ?
わたくし経験ないワ。
うへぇ~~ん、観てみ隊~。
でも、
シルバー・ウィーク…、
ゴールデン・ウィーク過ぎたらもう旅行の予約していただすよ。
シンプルで素敵なセットですこと。
あぁ、あんなのを見せられると拝見したいという気持ちがムラムラと…!(いつもこんなの)
大阪でも、上演していただきたいことこの上ございませんわ。
せめてDVDだけでも…無理かしらね?
ペナン ~OP観光 その3~ [ペナン旅行]
中国系の寺院、クー・コンシー(邱公司)は
こ~んなわかりにくい路地の奥にあります(トンネルみたいな入り口の上には住居が)。
右側の建物群の一番奥でチケット販売しているのですが、
地元のガイドさんじゃなければ迷うとこ。
立ち並ぶ家は、なんかセットみたいでそ?
寺院は広州やシンガポールなんかでもよく見るスタイル。
邱一族の檀那寺ってとこかしら。なになに?一族の廟?
先祖(位牌)をおまつりしているというわけでしね。
ペラナカンの家なんかにありがちですが、
普通に西洋風のシャンデリアが飾られていたり、
華麗なアイアンワークの手すりが付けられていたりします。
屋根の飾りも豪華~。
なんか関東の方の年末のお祭り(酉の市)で売られている「熊手」みたいな形?
寺院の一階が展示室のようになっていて、
ぐるっと巡るとペナンにおける華人文化がわかるようになっています。
姓名(氏名というべき?ちょっと不明)の並ぶパネルがあったり、
パネルによる地理と歴史の説明、
福建様式と広東様式のかまどのキッチン再現等々…。
個人で行くと、スルーっと通過しそうなところなのですが、
華人のガイドさんからの詳しい説明が。
長男の名付けの方法とかルーツを辿れるとか、だったかな?
寄付をした方々のお名前のゴールド・プレートもありました。
これらの方々は、いわゆる成功者。
お金持ちになったり、外国の大学教授だったり、
立身出世した方が故郷に錦を飾ったというわけです。
三代目は身代をつぶしがちみたいなお話も。
とにかく風水には凝るという話から、
ホンモノの風水師もいるけど、ちょこっとかじっただけで風水師を名乗る者もいるというお話に、
「俄か風水師ですね」と相槌を打ったところ、聞きとがめられてしまいました。
どこの国でも、努力家のガイドさんって、熱心に言葉を吸収しようとされるものです。
で、でも、「ニワカ風水師」とか「エセ風水師」なんて…却って通じにくいかも。。
そーいやポルトガルでもホテルのフロントのおじちゃんに「How are you?」の日本語訳を教えて欲しいと言われて、「ごきげんいかが?」と、お伝えしたのだけど…普通は、使わないわっ。
さてさて、
もひとつ興味深い話が。
この、なんでこんな解りにくい路地の奥にあるのかというと、
昔は集会場として使われていたのだそう。
良く言うと自衛団、悪く言うとマフィア?
抗争に備えて、わざとわかりにくいところに立地させたのだとか。
ほーっ、「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」みたいな感じなのかしらっ?
そーいや昔の映画で、横浜の中華街の現存するお店(爆発してたから多分セット)なんかでドンパチされてんのとか、見たことあるわ~。
初期の移民社会には付き物の存在なのかも。
ペナン ~OP観光 その2~ [ペナン旅行]
ペナンの町中では、
色んな宗教の建物が隣り合うようにして建っています。
ロシア正教―大ウソ。
イスラム寺院でしね。
カピタン・クリン・モスク。
でも、ネギ坊主がなんかパルナスだワ。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=YKw4T_10sfQ
(しつこいですけど、当時の子供にとっても「いつ作ったんだ~?」って感じで、インパクトが。)
でも、よくよく考えたら、
トルコやロシアってビザンチン文化圏のお隣さん。
あながち無関係ではない?
影響を与え合ったと考えるのがむしろ自然なのかも。
ミナレット。
セルビアのカテドラルの鐘楼「ヒラルダの塔」なんかも、
元はミナレットなんですよね~。
↑ はともかく、↓ を見て、クラノスケが「灯台?」って。
なんで、街ん中に灯台があるのよ~。でも、灯台みたい。
アチェ・ストリート・モスク。
マハ・マリアマン寺院。
ヒンズー寺院。
これはどこへ行っても同じような建物?
(神像は金銀ダイヤ、エメラルドで飾られているんだそうですが、
暑いともうどうでもよくなってくるんですわ。。)
観音寺。
こちらは中国寺院。
お寺にはお祭りのときなんかに催されるお芝居の舞台がつきもののようです。
無宿の方々への食事の配給とかなさっていて、
信者は慈善事業で徳を積むのだそうでし。
お寺の中で見かけたカレンダー。
どっかの州のなんですって(祝日が違ってたりするみたい)。
こちらはセント・ジョージ教会。
マレーシア・シンガポールで一番歴史のある英国国教会。
この辺り一帯コロニアル建築群が並びます。
大砲はホテルやペナンヒルにもありましたが、
こちらはコーンウォリス要塞。
(お昼近くでかなり暑くってもうパスパス)
リトル・インディアを歩いていると、
ガイドさんがいわくありげに「あれ知ってる?」みたいに指差した看板は…、
「サイババ」。(なっつかしー)
彼には…、思いっきり胡散臭げなもののように映ってるみたいです。
そーいや、東アジア系(中国、韓国、日本)の民族って、
まぁ、労働基準法無視でよく働く、というイメージがあるのですが、
(欧米系からつまはじきにされるくらい)
その中国系からみても、インド系はよく働くそうです。
「24時間営業のレストランとかやってるし」みたいな口ぶりからは、
呆れた働き様であることがうかがえました。
多分、8時間労働3交代制なんかではないのね。。
でも、ペナンの人たちって、どこでもとってもキビキビ働いてられた印象が。
それと結構親切。女性は笑顔良しさんです。
質問しても、そのことに対する答えを返すだけではなく、
それに付随して、気遣いして頂いたことが度々。
お店屋さんなら、うちでは出来ないけど、あそこへ行けとか、
タクシー料金の相場は〇〇~〇〇リンギットだけど、それより、今の時間帯は混みあっているので行ってもどうのこうの…とか。
それと殆ど皆さん英語がお達者なんですよね。
ペナン ~OP観光 その1~ [ペナン旅行]
3日目にして、「ジョージタウン観光」のOPツアーに参加しました。
ランチ、トライショー乗車付きで2100円はおトクでそ?
専ら行きにくいところへ連れて行ってもらうことの多い現地ツアーですが、
オリエンテーション的に観光するのも街を知るにはかなり効率が良い手段。
ベトナムのときは、水上人形劇鑑賞が目的で、申し込み時には余計に思えた街歩きでしたが、
夜の街を歩いたことで、翌日からの観光がぐっと気楽に思えたような。
横断歩道を渡るコツもつかめたような気がしました。
ガイドさんのお話も興味深いですしね。
ペナン島の中心地はジョージタウン。
なんで欧米風?
と、思ったら、植民地化のときの英国国王ジョージⅢに因んで命名されたとか。
クアラルンプールに次ぐマレーシア第二の都市ということですが、
中心部にはコロニアル建築やショップハウス群がまだまだ健在で
大都市といった印象はそれほどありません。
周辺部には高層マンションらしき建物も多く存在するのですが、高層ビルのオフィス街というのを、見かけた記憶は…。
この遺された建物群が、世界遺産ということなのですが、
クラノスケなんかに言わせると
「で、どの辺が世界遺産~?」
薄汚れた古い建物群としか映らないようでし。
技術や美の粋を極めた建物だけが世界文化遺産と思ってる?
もちろん、わたくしにとっては萌え~♪ な建物群ではあるのですが、
「都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの」
「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群」(byウィキ)
なんて観点から、価値が認められたのではないかと。
というのも、
マレーシアって結構人種のるつぼ。
雑多な人種が入り混じって、独自の社会を作っています。
(ペナンは中国系がトップでマレー系、インド系と続きます)
しかも、ポルトガル、オランダ、イギリスの支配を受けたこともあるし。
色んな文化を包括して形成、成長していった歴史的文化財として高く評価されることとなったのでしょうね。
同時に世界遺産に登録されたマラッカが、
歴史は古いものの、すでに貿易の中心都市としては衰退してしまっているのに対し、
ペナンは現役。
住民の誇りというか、他の周辺地域とは違うという矜持が
な~んとなく感じられたのは、
現地のガイドさんが華人だったせいでしょうか。
(元々そんな民族性で、一神教徒じゃないだけかもしれませんが)
彼の人柄から受ける印象のせいかもしれませんが、
民族問題とか実はいろいろあるんだけど、上手くやってんのよ~的余裕は、
社会がそこそこ裕福な証拠?
結局みんな移民な訳だし、
先住者や成功者がちょっとばっかし偉そうな顔をしていることはあっても、
皆それなりにやっていけてて社会も安定?
ま、心の中では色々思うこともあるようですが、
とりあえず、異文化は異文化として認め、干渉しないのが秘訣?
それが不満として爆発するほどのストレスにはなってないようです。
(最近の怒りの対象は台頭してきたオイル・マネーの旅行者かな)
色んな民族の入り混じった国というのは
道を尋ねたり買い物をしても分け隔てない対応をされることが多く、
旅行し易い印象があります。
(タクシーだけはねー、ちょっと旅行者料金だったかも。)
とりあえず、まずはトライショーに乗車。
車道から街を見学してみました。
この…レールは何?
(あたしゃ鉄子かっ?!)
ペナン島には鉄道がない筈と思ってきいてみると、
その昔、
港に陸揚げされた、錫をはじめとする産業資源がこのレールを使って工場へ運搬されていた名残なのだとか(出来上がったものを港に運ぶのもありなのかしら)。
へーっ。
ガイドさんといるとこんな話をきけるのがいいところです。
ペナン ~ご飯 その3~ [ペナン旅行]
昨日の続きで、E&Oホテルの朝ごはんの2日目、3日目だすぅ~。
オリエンタルな雰囲気でチョイスしてみました。
大さじ1杯程度よそってるのはカレー
これはクラノスケの
一番下のはカレー4種とロティ・チャナイ。
一番身近というか象徴的なマレーシア料理ってコレ。
(サテーとかナシ・ゴレンなんかもよくみかけましたが、どうもインドネシア料理の印象が強くて…)
食べそびれていてどうしても食べたかったところ、
朝食に発見♪
穴があいてるけど、これでいい?
もちっと焦げ目のついた一枚ものを想像していたのですが。。
前日はマレー系っぽいコックさんが作ってらしたのですが、
この日は華人系のコックさんでした。
うーーん。。
今、ちょこっと検索してみましたが、
やっぱこんなロティ・チャナイは…。
因みに、ウィキによるとマレーシアでは一般的なパンもロティとよばれてるのだそうです。
ペナン ~ご飯 その2~ [ペナン旅行]
E&Oホテルの朝ごはんだすぅ~。
お食事パンのコーナーにはシロップやペーストの壷が(オッシャレ~に見えちゃう)。
チャイニーズ文化圏のデニッシュって点心みたいに見えなくもない?
生野菜のサラダを見かけることは少なかったです。
切り分けられた円柱状のチーズはてっきりカッテージチーズみたいな味と思いきや、
意外にも塩味が効いていてがっくり(勝手な思い込みというか、希望的観測?)。
こんな感じでウエスタン、マレー、中華、日本スタイルのお料理が並びます。
お寿司もあったけど…。
写真右下の手前は点心用の蒸し器。
シューマイとか饅頭類が入っていたような。
奥は厨房。
オムレツやワッフル、ヌードル、ロティ(カレーと一緒に食べるクレープやナンの親戚みたいの)なんかを調理してくれます。
うーん、これだけ並んでいるんですけど、
案外取りたいものはなかったりして。
とりあえず、わたくしの一日目はこんな感じ~。
ワッフルを焼いてもらいました。
ペナン ~ペナンヒル~ [ペナン旅行]
チョン・ファッ・ツィー・マンションとイースタン&オリエンタル・ホテルの世界にどっぷり浸りつつ
最初に訪れた観光地が、ペナンヒル。
夜景の名所だそうです。
東洋の真珠とよばれている?
ペナンヒルへはケーブルカーで登ります。
日曜の夜ということもあるのか、結構な人出。
次の発車のチケットは買えず、何便か先のになってしまったのですが、
待合室で座っていると声をかけられ、次のに乗れることになりました。
多分、定員以上に乗せちゃうのね。
エアコンなしでギュウギュウ詰めの車内は厳しかったです。
酒臭いおやじなんかいたら、吐いちゃうかも?
やっと解放されたかと思ったら、乗換えでした。
長い~~。
イメージ、生駒山かビクトリア・ピークってとこでしょうか。
ちょっとした避暑地という感じでしたが、六甲山ほど広大なイメージはありませんでした。
山頂はレストランやみやげ物屋さん、新しい寺院がある程度で
とりたてて見るべきものはありません。
まあ、デート・スポット?
時間に余裕があれば、別荘の風情や植物なんか堪能するのもいいかも。
待っていると徐々に日が暮れてきます。
対岸はマレー半島。
あんまり遅くならないうちに帰ろうかと、駅に向かったら
もう長蛇の列でした。
乗換駅に着く頃には、どっぷり。